キトロロギストXの記録
激しく変化する昨今のもとで一生をカンキツ研究に捧げてきた老学者の独白を広く一般のカンキツ愛好家(キトロロマニア)に聞いていただきたくブログを開設しました。お閑な時にどうぞ目を通してください。
201204<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201206
南アフリカのグレープフルーツ生産事情
南アのグレープフルーツ

 駅前のスーパーマケットで南アフリカ共和国産のグレープフルーツを個売り88円で購入しました(Aug.18)。
南アフリカ共和国といえば、2010年FIFAワールドカップ開催国として、お馴染みになってきました。南ア国は面積が日本の3倍強で、人口は4800万人程度で、その8割が黒人からなります。金鉱の国だったせいか、統計上、人口の1割強が農民だそうです。
 
 この国で柑橘栽培が始まったのは1926年でしたが、本格的に産業として成立したのは、南アフリカ農水省柑橘・亜熱帯果樹研究所が、1952年に外国生まれの柑橘品種を導入し、それらの珠心胚実生を作り、保証苗として配布を始めてからです。そして、現在、気候の異なる3箇所のカンキツ産地が生まれています。最も北に位置する、南回帰線直下のトランバール地方は、亜熱帯で12月―3月の夏場に雨を見まして、オレンジ生産に適しています。また、南緯30度近辺の東ケープ州は、地中海性の気候で、4月―9月の冬場に雨があり、グレープフルーツ生産の適地です。また、南緯30度近辺の西ケープ州は、同じく地中海性気候でやや冷涼であり、レモン生産の適地になっています。2006年の統計では、6万ヘクタールほどのカンキツ園があり、その半分は10年生以下の若木園となっています。わずか半世紀のカンキツ産業国です。衛星写真をサーチしますと、明らかにカンキツ園の一筆は大面積で、企業方式の栽培をとっていることがうかがえます。

南アのカンキツ産地

 この国のカンキツ生産の特徴は、生産した果実の大半を輸出していることです。国として大きな外貨獲得の手段になっています。南アフリカ協業カンキツ交易機構(SACCE)によりますと、カンキツ農家3500戸のうち、1372戸が輸出専業になっているとのことです。一戸の栽培面積は20ヘクタール以上あり、中には100ヘクタール以上の大農園を経営する農家もあるようです。輸出は1902年にイギリス向けにおこなったのがはじまりで、その後西欧に安定した販路を持っていました。最近になって、国際的な農産物自由化の波で、販路が西欧(40%)、ロシア・東欧(15%)、中東(18%)、極東(10%)、北米(19%)へと開け、カンキツの輸出量も急激に伸びています。北米、極東、東欧がこれからの有望マーケットとしています。

南アケープ地方

 生産量(2000年)は世界13番目で、130万トン程度あり、オレンジ115万トン、グレープフルーツ24万トン(18万トン輸出)、レモン12万トンありました。最近はフロリダとの関係で、グレープフルーツの生産が伸びています。気候的には南アフリカの標高1000m以下の土地はすべてカンキツの栽培ができますが、水を大量に必要とするグレープフルーツでは、オレンジ川の水を利用した灌漑農業が最も安定しています。しかし、灌漑農業は土壌の塩累積を招きやすく、土壌のアルカリ化に注意する必要があります。また、この地では、アカダニ、ネマトーダ、黒点病、軸ぐされ病、トリステザウイルス病などの被害が大きく、さらに、日本で最も恐ろしい地中海ミバエや偽コドリンガの棲息地域です。貿易のために、これらに対する品質保証に大変苦労していることでしょう。

 日本人はグレープフルーツが好きなようです。アメリカの生産地フロリダが、日本にグレープフルーツを輸出始めたのは、1972年のことです。その年1.8万トン送ってきました。20年後の1992年は、20.1万トンに拡大し、2002年には最大の28.5万トンに達しました。これからは品薄となる夏場は、南アフリカ産のグレープフルーツの時代になるのでしょうか。それにしても、郷愁を覚える日本のナツミカン(ナツダイダイ)は、マーケットに姿が見られません。品質競争に敗れたのでしょうか。

ランキングに参加しています。良かったら押してください。

FC2Blog Ranking

にほんブログ村 グルメブログ フルーツへ
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2004-2005 Powered By FC2ブログ allrights reserved.
FC2ブログ(blog)